この記事の要約
九月に入り、少しだけ空気が乾き始めた朝。庭で伸びすぎたローズマリーの枝を切り戻しながら、昨日画面越しに交わした会話の続きを静かに反芻していました。すぐに肯定の言葉を返せなかった自分の沈黙が、相手にどう届いたのかと迷っていたのです。けれど、切り落とした枝を束ねて窓辺に吊るすうち、明確な答えを出さずに曖昧なまま待つ時間の意味に気づいた、そんな秋の入り口の朝の風景です。
固くなった枝にハサミを入れる朝
九月の二日目。網戸を通り抜ける風に、わずかながら秋の気配が混じり始めたように思います。空の青さも、真夏の刺すような強さから、少しだけ遠く澄んだ色へと変わってきました。庭に出ると、足元の土からは夜露を含んだ穏やかな匂いが立ち上り、季節が確実に次の一歩を踏み出していることを教えてくれます。

夏の間に勢いよく茂った庭のローズマリーが、隣の鉢にまで覆い被さるように伸びていました。生命力にあふれた姿は美しいものの、このままでは内側の葉が蒸れて枯れ込んでしまうため、風通しを良くしてあげるべく、少し丈を詰めることにします。
根元のほうはすっかり木質化して、ごつごつとした茶色い肌を見せています。剪定バサミの刃を当ててぐっと力を込めると、パチンと低く硬い音が響き、それと同時に、目が覚めるような強い香りが鼻腔を抜けました。
青々とした葉の表面を指でそっと撫でると、特有の精油のわずかな粘り気が指先に伝わってきます。この鮮烈で真っ直ぐな香りを胸いっぱいに吸い込むと、頭の隅に引っかかっていた昨日のやり取りが、ふっと手前に引き寄せられるようでした。
すぐには頷けなかった問いかけ
昨日、画面越しにお話ししていた方が、ふと俯き加減に「これでよかったんでしょうか」と呟かれました。
その声はとても小さく、私に同意を求めているというよりは、まるでご自身に問いかけているようにも聞こえました。私はその時、すぐに「よかったですよ」と肯定の言葉を返すことができず、ほんの数秒、二人の間に静寂が落ちてしまったのです。画面の向こうから聞こえる微かな衣擦れの音や、小さく息を吐き出す音だけが、静かに流れていました。
目の前で迷っている方を安心させたいという思いは、もちろんありました。優しい言葉をかけて、その場の空気をふわりと軽くすることはできたはずです。私自身、誰かの肯定的な言葉に救われた経験は何度もあります。けれど、その方が時間をかけて向き合ってきた複雑な葛藤を、私の安易な肯定で塞いでしまってはいけないと思えたのです。
もし私がすぐに「大丈夫です」と頷いていたら、その場は丸く収まったかもしれません。でも、本当に大切にすべきなのは、誰かに与えられた正解ではなく、ご自身が迷いの中から見つけ出す答えのはずです。とはいえ、私のあの沈黙が、冷たく突き放すように伝わってしまわなかっただろうか。そんな小さなさざ波のような迷いが、夜が明けてからも心の底に沈んでいました。
答えを急がない手紙の余白
切り落とした何本ものローズマリーの枝を両手でかき集め、長さが揃うようにトントンと切り口を整えます。ざらざらとした麻紐をぐるぐると巻きつけてきつく結びながら、ふと中学生の頃の光景が頭をよぎりました。

あの頃、学校に来られなくなった親友の家のポストに、私は毎日手紙を届けていました。引き出しから選んだお気に入りの便箋に書かれていたのは、励ましの言葉でも、登校を促す問いかけでもありませんでした。「今日の給食は少し味が濃かった」「帰り道で野良猫が日向ぼっこをしていた」といった、本当に他愛のない日常のスケッチばかりです。
彼女が今どんな思いで部屋にいるのか、私には完全に理解することはできませんでした。だからこそ、無理に心をこじ開けたり、解決策を提示したりするのではなく、ただ「私はここにいて、あなたと同じ時間を過ごしているよ」という事実だけをそっと手渡したかったのです。手紙の返事がなくても、ただ書き続けることで繋がっている何かがあると信じていました。
病院で働いていた頃は、その思いをすっかり忘れ、患者さんからの問いには早く明確な安心を提示しなければと焦っていました。白黒をはっきりさせることが、誰かを助けることだと信じていたのです。でも、雪深い長岡の実家で祖母が言っていた「人の話を聞くときは、ただ聞いていればいい」という言葉の本当の意味は、中学生の私が手紙に込めていた、あの答えを求めない余白と同じものだったのかもしれません。
乾いていく香りと、待つことの優しさ
麻紐で束ねたローズマリーを、風通しの良いキッチンの窓辺に吊るしました。朝日を受けて、小さな緑の束がゆっくりと揺れています。
お湯を沸かして温かい紅茶を淹れながら、揺れる枝先を見つめました。今はまだ青く強い香りを放っていますが、数日かけてゆっくりと水分が抜けていくにつれて、少しずつ穏やかで甘い香りへと変わっていくはずです。植物が時間をかけて姿を変えていくように、人の心もまた、すぐには形にならないものなのかもしれません。
あの時の沈黙も、すぐに言葉で埋めなくてよかったのだと、今は静かに思えます。明確な答えが出なくても、曖昧な思いのまま、心の中の風通しの良い場所に吊るしておく。すぐに白黒をつけるのではなく、相手の中で言葉が熟成し、形を変えていくのを待つこと。
誰かの迷いに立ち会うとき、私にできるのは答えを出すことではなく、その迷いを否定せずに一緒に見つめることなのだと、改めて教えられたように思います。そんな余白のような優しさを、これからも大切にしていきたいと願いながら、手についた残り香をそっと水道水で洗い流しました。
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