この記事の要約

9月最後の朝、車を出そうとした時にフロントガラスに張り付いていた一枚の落ち葉。ワイパーでも取れないその小さな異物が、最初は視界の邪魔に感じていたのに、次第に季節を伝える鮮やかなフィルターに変わっていくまでの心の動きを綴った記録。完璧に整えられた世界にはない、偶然の引っかかりが教えてくれる豊かさについて考えた日のこと。

ワイパーをすり抜けた赤茶色の輪郭

9月最後の朝。窓を開けると、空気が昨日よりも一段と冷たく、乾いているのを感じた。こんな日は、少し離れた場所にあるお気に入りのベーカリーで、焼きたてのパンと熱いコーヒーを手に入れたくなる。鍵を手に取り、駐車場に向かう足取りは、秋特有の澄んだ空気に背中を押されるように軽かった。

ゆうと本人と「フロントガラスに張り付いた秋の色と、視界の端で揺れる小さな異物」の内容を表すブログ挿絵
ゆうと本人の雰囲気と記事の情景

車のドアを開け、少し冷たくなったレザーシートに腰を下ろす。キーを回してエンジンをかけると、低い振動が車体を包み込んだ。ふと前を向いた瞬間、視界のど真ん中に小さな違和感があることに気がついた。運転席のちょうど目の高さ、フロントガラスの外側に、一枚の落ち葉がべったりと張り付いていたんだ。昨夜、強めの雨が降っていたせいだろう。赤茶色に染まった桜の葉が、まるでそこが自分の居場所だと言わんばかりに、ガラスの表面にぴったりと吸着している。

軽い気持ちでレバーを引き、ワイパーを動かしてみた。いつもなら、どんな水滴も汚れも一掃してくれるはずの滑らかな動き。ところが、ゴムのブレードは濡れた葉の上をツルリと通過するだけで、まったく剥がれる気配がない。二度、三度と動かしても、ウォッシャー液を出しても結果は同じ。むしろ水分を含んだことで、葉っぱのギザギザとした輪郭がより鮮明に浮かび上がっただけだった。車を降りて手で払い落とせば済む話なのに、なぜか今すぐシートベルトを外すのが億劫で、あるいはその小さな自然の抵抗に少しだけ面白さを感じて、僕はそのまま車を発進させることにしたんだ。

視界の端に居座る不規則な形

走り出してしばらくは、やはりその存在が気になって仕方がない。フロントガラスという、運転手にとって本来は完全に透明であるべきスクリーンの上に、不規則な形をした赤茶色の異物が居座っている。僕が普段、画面を構築する仕事の中で最も気をつけているのは、こうした視線を遮るような要素をいかに減らすかということだ。目的の場所へ迷わずたどり着けるよう、情報は整理され、不要な装飾は徹底的に省かれる。すべてがコントロール下にある状態を作ることが、僕の役割だからね。

だからこそ、自分の意図とは無関係に貼り付いているこの落ち葉に対して、無意識のうちに「早く取り除きたい」という焦りを抱いていた。右折のタイミングを図る時も、対向車を確認する時も、必ずその赤茶色が視界の端にちらつく。まるで、綺麗に整頓された机の真ん中に、誰かが飲みかけのコップを置き忘れていったような、もどかしい感覚だった。

けれど、赤信号で停車するたびに、嫌でもその葉っぱにピントが合う時間が訪れる。最初はただの邪魔な物体だと思っていたけれど、じっと見つめていると、雨水をたっぷりと吸い込んだ葉脈が、驚くほど複雑で美しい模様を描いていることに気がついた。葉の先端は少し枯れて丸まり、根元に向かっていくほど深い赤から黄色へとグラデーションになっている。その葉の隙間から透けて見える朝の空が、いつもより少しだけくすんだ、でもひどく温かみのある色に感じられたんだよね。

父のポスターと、意図しない引っかかり

その不規則で自然な形を眺めているうちに、ふと、実家の仕事場で紙に向かっていた父の横顔を思い出した。ポスターや装丁を手がけていた父は、よく僕にこんなことを言っていた。「定規で引いたような完璧に整えすぎた画面は、人の目を素早く素通りしていく。だから、あえて視線が立ち止まるような、小さな引っかかりを残しておくんだよ」と。

ゆうと本人と「フロントガラスに張り付いた秋の色と、視界の端で揺れる小さな異物」の内容を表すブログ挿絵
ゆうとが記事の中心的な場面を振り返る一枚

子どもの頃の僕には、その言葉の本当の意味がわからなかった。要素が綺麗に揃っている方が美しいに決まっているじゃないか、と反発した記憶がある。でも、自分で画面を作る立場になった今なら、その感覚が少しだけ理解できる。すべてが予測可能で、摩擦が一切ないスムーズな世界は、たしかに快適で効率的だ。でも、スムーズすぎるがゆえに、僕たちはそこにある季節の変化や、空気の匂いを味わう前に、通り過ぎていくのかもしれない。

ワイパーをすり抜けたこの一枚の落ち葉は、まさにその「小さな引っかかり」だった。もしガラスが完璧に綺麗だったら、僕はただ前だけを見て、無意識にアクセルを踏み、最短ルートでパンを買いに行き、何も感じないまま帰ってきていただろう。でも、視界を遮るこの小さな異物があったおかげで、僕は秋の色を間近で観察し、雨上がりの空気の重さを感じ、昔の記憶に触れることができた。効率や合理性だけでは測れない、こういう偶然の寄り道こそが、日々の解像度を静かに上げてくれるんだよね。

ガラスに残った薄い跡と、季節の匂い

目的のベーカリーの駐車場に車を停め、エンジンを切る。ドアを開けて車を降りるついでに、フロントガラスに手を伸ばし、葉っぱをそっと指でつまんでみた。驚くほど冷たく、そしてたっぷりとした水分の重みがあった。ペリッと小さな音を立ててガラスから離れたそれは、アスファルトの上に落ちて、乾いた風に吹かれてどこかへ転がっていった。

葉っぱが張り付いていた場所には、その形に沿って薄く水分の跡が残っていた。車内に戻り、ワイパーを一度だけ動かせば完全に消える跡だけれど、僕はもうそのレバーに触れようとは思わなかった。焼きたてのクロワッサンと、紙コップに入った熱いコーヒーを助手席に乗せて帰る道。視界はすっかりクリアになったはずなのに、さっきまで葉っぱがあった場所を、無意識に目で追う自分がいた。

何もない透明なガラス越しに見える街の景色が、行きよりも少しだけ、秋の深みを持っているように感じられた。予定調和を崩される朝も、悪くない。フロントガラスに残った薄い跡を眺めながら、冷めた空気を胸いっぱいに吸い込んだ、9月最後の日の記録。

ゆうと

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ゆうと

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