この記事の要約
週末の深夜、趣味の音楽ファイルを整理しながら、あえて効率化を適用していない自分自身の裏方の習慣に目を向けた日の出来事。一瞬で終わらせられる作業をあえて手作業で行う意味と、そこに宿る静かな喜びを綴ります。
深夜のタグ付けと、波形を見つめる単調な作業
日付が変わってから、新しく手に入れたトラックのBPMやキーを確認し、ライブラリにタグ付けをしていく作業を始めました。クラブで流すための仕込みですが、誰かに見せるわけではない、完全に裏方の地味な工程です。モニターの光だけが頼りの静かな部屋で、淡々とマウスをクリックする音だけが響いていました。

本来であれば、解析ツールやスクリプトを走らせて一括で処理してしまうのが僕の普段のやり方です。数十曲、数百曲というデータを扱うなら、それが最も合理的だからです。しかし、この音楽ファイルの整理だけは、一曲ずつ波形を目で追い、自分の耳で展開を確かめながら手作業でキューポイントを打つという手法を続けています。
イントロの長さ、ベースが入るタイミング、ブレイクダウンの長さ。それらを視覚と聴覚の両方で確認しながら、ソフト上の小さなマーカーを置いていく。他人が見れば退屈極まりない単純作業の繰り返しですが、この手作業での確認を省いてしまうと、いざというときに曲の持つ本当のポテンシャルを引き出せない気がしてしまうのです。
フロアの熱狂を想像する静寂の仕込み
キューポイントを打つ瞬間、頭の中では常に物理空間の様子をシミュレーションしています。前の曲のアウトロからどのように繋ぐか、ここで低音を抜いたらフロアにいる人たちはどんな反応を見せるか。画面上の無機質な波形が、スピーカーを震わせる熱量へと変換される瞬間を想像するのです。
クラブという場所は、その場にいる人たちの体温や息遣い、そして予期せぬトラブルも含めた偶然性で成り立っています。だからこそ、事前にコントロールできる要素は徹底的に整理しておきたい。この孤独で静まり返った準備の工程があるからこそ、実際に人が集まる場での爆発的なエネルギーを安心して生み出すことができます。
誰にも褒められることのない裏側の作業ですが、僕にとっては本番と同じくらい大切な儀式のようなものになっています。華やかなステージの裏には、必ずこうした地味で細かな仕分けが存在している。その事実を自分自身の手で再確認するプロセスでもあるのでしょう。
効率化の対象から外された個人的な聖域
僕自身、従来の労働をなくし、誰もが本当に向き合うべき事柄に集中できる世界を目指して開発を続けています。それにもかかわらず、自分の趣味の領域においては、こうして意図的に手間を残していることに少しおかしさを感じます。アルゴリズムに任せれば数秒で終わることを、何時間も費やしているのですから。

しかし、この矛盾こそが、僕にとっての「本当に向き合うべき事柄」の一つの形なのかもしれません。結果だけを素早く得るのではなく、過程の泥臭さを自らの手で味わい、一つひとつの音の重みを知ること。便利にできる手段を持っているからこそ、あえてそれを使わないという選択が、極めて贅沢な遊びとして成立しているのです。
すべてを自動化して得られた完璧なプレイリストよりも、自分の迷いや直感が少しだけ混ざった不揃いなリストのほうが、今の僕にはしっくりきます。そこには、効率という物差しでは測れない、確かな手触りが残されているからです。
整頓されたフォルダと、朝焼けを待つ窓辺
何十曲ものタグ付けを終え、ジャンルやテンポごとに綺麗に分類されたフォルダを眺めると、胸の奥に小さな達成感が広がります。このリストを実際に現場で披露する日がいつになるかはまだ決まっていません。数ヶ月後かもしれませんし、湖畔の家で一人静かに流すだけになるかもしれません。それでも、いつでも引き出せるように整えておくこと自体が目的化している節もあります。
ヘッドホンを外し、ふと窓の外に目をやると、真っ暗だった空がわずかに白み始めていました。秋のひんやりとした空気を部屋に入れながら、少しだけ冷めたコーヒーを飲み干します。
誰の目にも触れない夜の片付けは、明日からの開発に向けて僕自身の内側を静かにリセットする作業でもありました。整然と並んだデジタルデータに満足しながら、僕はブラウザを立ち上げ、いつもの日常へと戻る準備を始めました。
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