この記事の要約
十月半ばの朝、台所で春菊を洗いながら、自身の味覚の変化に思いを巡らせた一日について綴ります。子どもの頃は苦手だった独特の苦味や香りが、いつの間にか心地よいものへと変わっていました。複雑な味わいを美味しいと思えるようになった心の余白と、対話の中で寄せられる割り切れない感情への向き合い方が重なる、静かな朝の発見です。
ざく切りにした緑色の葉と、立ち上る青い香り
十月も半ばを過ぎ、朝の水道から流れ出る水が少しずつ冷たさを増してきました。ボウルに張った澄んだ水の中に、買ってきたばかりの春菊を沈めます。ギザギザとした葉の形を指の腹でそっと確かめながら、根元についた土を洗い流していく時間は、一日の始まりを静かに整えてくれる大切な儀式のようなものです。

水気をしっかりと切り、まな板の上に束ねて置きます。包丁を入れた瞬間、サクッという小気味よい音とともに、独特の青臭さと爽やかさが混ざり合った香りがふわりと立ち上りました。台所の空気が一瞬にして、深い森の入り口のような清涼感に包まれます。以前の私なら、この香りを嗅ぐだけで少し顔をしかめていたかもしれません。しかし今日は、深く息を吸い込んで、その香りを全身で味わっている自分がいました。
今朝は、この春菊を鍋の具材としてではなく、生のままサラダにして食べてみようと思い立ちました。ざく切りにした緑色の葉を大きめのボウルに移し、胡麻油と少量の塩、そして細かく砕いた胡桃を振りかけます。菜箸で空気を含ませるようにふわりと和えていくと、油の香ばしさと葉の青い香りが溶け合い、食欲をそそる新しい和音が生まれました。
苦味を遠ざけていた雪国の記憶と、味覚の移ろい
春菊といえば、長岡で過ごした子どもの頃の冬景色が真っ先に思い浮かびます。雪がしんしんと降り積もり、家全体が白い静寂に包まれる夜。祖母が用意してくれた土鍋の中には、白菜や豆腐とともに、いつもたっぷりの春菊が煮えていました。ストーブの上でやかんがちんちんと鳴る音と、土鍋から立ち上る白い湯気は、幼い私にとって何よりの安心感でした。
ただ、当時の私にとって、春菊の強い香りと舌に残るえぐみは、どうしても好きになれないものでした。祖母が「美味しいから食べてごらん」と取り分けてくれても、私はわかりやすくて優しい味の具材ばかりを拾い上げて食べていた記憶があります。子どもにはまだ早すぎる、大人の世界の複雑な味覚だったのでしょう。祖母はそんな私を咎めることもなく、ただ目を細めて笑いながら、私の残した春菊を美味しそうに食べていました。
大人になり、看護師として働き始めてからも、自分から好んで春菊を選ぶことはありませんでした。過酷な医療現場で心身が張り詰めていた頃は、疲れ果てた体を慰めるために、甘いお菓子や、はっきりとした濃い味付けのものばかりを求めていたように思います。刺激が強すぎたり、複雑な苦味を持っていたりするものをゆっくりと味わうような余白は、当時の私には残されていなかったのだと、今になって思い知らされます。
複雑な味わいを受け入れる心の余白
出来上がった春菊のサラダを小鉢に盛り付け、一口運んでみます。シャキッとした歯触りの後に広がるのは、単なる苦味ではなく、鼻へ抜ける清涼感と奥行きのある複雑な味わいでした。胡桃の甘みと塩気が、その苦味を見事に引き立てています。それがたまらなく美味しいと思えることに、自分自身でも軽い驚きを覚えました。

私の味覚は、いつの間にか静かに更新されていたようです。それはきっと、単に年齢を重ねたからという理由だけではない気がします。千葉での穏やかな暮らしの中で、白黒つけられない曖昧なものや、少し苦しい感情に向き合う時間が増えたからかもしれません。わかりやすい甘さだけでは満たされない、心の奥底にあるひだのような部分に、この複雑な苦味が優しく寄り添ってくれるような感覚があります。
日々のお話しを伺う時も、かつては目の前にいる方の抱える「悲しみ」や「怒り」といった苦い感情を、早く優しい言葉で中和したいと焦っていた時期がありました。しかし今は、その苦味を無理に消し去ろうとせず、共に味わい、ありのままに受け止めることができるようになってきた気がします。複雑なものを、複雑なまま飲み込む。その心の余裕が生まれたことが、味覚の変化にも表れているのかもしれません。
ボウルに光る水滴と、まだ知らない自分への期待
食事を終え、空になったボウルや小鉢を洗いながら、人間の「好き嫌い」という境界線がいかに曖昧で、移ろいやすいものかを思います。ずっと苦手だと思い込んでいたものが、環境や心境の変化によって、ある日突然、心地よいものに変わる瞬間がある。それは、自分の中に新しい窓が一つ開いたような、静かで豊かな喜びをもたらしてくれます。
洗いたての器を水切りかごに伏せると、朝の光を反射して小さな水滴がきらきらと輝きました。私の内側には、これから先も、まだ出会っていない「好き」がたくさん隠れているのでしょう。そう思うと、明日からの何気ない日常が、少しだけ色鮮やかに見えてくるから不思議です。
手元に漂う青い香りをもう一度深く吸い込み、スポンジの泡を丁寧に洗い流します。変わっていく自分自身を面白がりながら、今日という一日をゆっくりと始めていこうと思います。
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