この記事の要約

平日の夜、ふと思い立って立ち寄った映画館での出来事。周囲の理解を求めず、ただ自分の美学だけを貫く不器用な主人公の姿を見たとき、僕の中で今までとは違う感情が芽生えました。普段なら「どうして周りと対話しないんだろう」と職業病のフィルターで見てしまうはずなのに、なぜかその摩擦だらけの生き方が眩しく見えたのです。最適化を手放すことで生まれる熱量について考えながら歩いた、秋の夜の記録です。

エンドロールが明けた後の静かな高揚

平日夜の映画館は、週末の賑わいが嘘のようにひっそりとしています。真ん中あたりの席に深く腰を沈め、暗闇の中でスクリーンとだけ向き合う時間は、僕にとって大切なリセットの儀式です。今日観たのは、公開前から気になっていた単館系の映画でした。主人公は、ひたすら自分の信じる形を追求するあまり、周囲から孤立していく不器用な芸術家。誰の助言にも耳を貸さず、ただひたすらに自分の理想だけを追い求める姿が、スクリーンいっぱいに描かれていました。

ゆうと本人と「最適化を外れたいびつな物語と、僕の中に芽生えた小さな反抗心」の内容を表すブログ挿絵
ゆうと本人の雰囲気と記事の情景

物語の終盤、彼はついに誰からも理解されないまま、自分にとっての最高傑作を完成させます。それは決して万人受けするものではなく、むしろいびつで、見る者を突き放すような鋭さを持った作品でした。そしてそのままエンドロールへ突入し、重たいベースの音が劇場内に響き渡ります。真っ黒な画面に白い文字が流れていくのを眺めながら、僕の心の中には、予想もしていなかった静かな高揚感が広がっていました。

劇場の明かりがパッと点き、現実に引き戻される瞬間。いつもなら、ここで小さく息を吐いて「面白かったな」と立ち上がるのですが、今日はしばらく座席から動くことができませんでした。胸の奥に、言葉にならない熱い塊のようなものが残っていたからです。それは、昨日までの僕なら絶対に抱かなかったはずの、とても奇妙で、それでいて確かな手応えのある感情でした。

職業病という名のフィルター

というのも、これまでの僕なら、あの主人公の行動に対して確実にもどかしさを感じていたはずだからです。「どうしてあそこで、もう少し言葉を尽くさないんだろう」「相手の立場に立って伝えれば、あんなすれ違いは起きないのに」と、心の中でツッコミを入れていたに違いありません。それはもはや、UXデザイナーとしての僕に染み付いた職業病のようなものだね。

僕の仕事は、クライアントとエンジニア、そしてその向こうにいるユーザーの間に入り、複雑に絡み合った意図を翻訳して届けることです。誰かの声を聴き、摩擦を減らし、誰もが迷わずに目的地へたどり着けるような滑らかな導線を作ること。それが僕の誇りであり、日常そのものです。だからこそ、映画や小説の登場人物に対しても、つい最適化されたコミュニケーションを求めてしまう癖がありました。

誰にとっても分かりやすく、不快な引っ掛かりのない世界。相手を思いやり、歩み寄ることで生まれる調和。僕はそれを善とするフィルターを通して、あらゆる物語を消費してきました。だから、対話を拒絶し、自分勝手な理由で周りを振り回すようなキャラクターを見ると、無意識のうちに彼らの行動をエラーとして処理しようとしていたのかもしれません。でも、今日の僕の目には、そのエラーこそがたまらなく美しく映ったのです。

最適化を放棄した先にある熱量

主人公が周囲の期待を裏切り、誰のためのものでもない自分のためだけの作品を作り上げた瞬間。そこには、僕が普段の仕事で懸命に削り落としている摩擦が、とてつもないエネルギーを持って渦巻いていました。誰かに理解してもらうための翻訳を一切放棄し、ただ自分の内側にある衝動をむき出しにしてぶつける。その姿は、効率やユーザビリティといった定規では決して測れない強烈な光を放っていたんだよね。

ゆうと本人と「最適化を外れたいびつな物語と、僕の中に芽生えた小さな反抗心」の内容を表すブログ挿絵
ゆうとが記事の中心的な場面を振り返る一枚

それを目の当たりにしたとき、僕はハッとしました。僕たちが普段「使いやすい」「分かりやすい」と称賛しているものは、もしかすると、誰かの強い個性をヤスリで削って丸くした結果に過ぎないのかもしれない。もちろん、社会生活やプロダクトにおいてそれは絶対に必要なプロセスです。でも、すべての角を丸くしてしまったら、人の心を深く突き刺すような、あのヒリヒリするような熱量は生まれないのではないかと思ったのです。

共感や理解という安全な枠組みをはみ出し、あえて摩擦を起こすことでしか届かない領域がある。昨日までの僕なら「もっとうまくやれるはず」と切り捨てていたその不器用な生き方を、今日は心から肯定したい気持ちになりました。それは、いつも他人の声に耳を澄ませ、自分を後回しにしがちな僕の中に眠っていた、ほんの小さな反抗心だったのかもしれません。

輪郭をなぞる帰り道の冷たい風

映画館を出ると、すっかり冷え込んだ秋の夜風が頬を撫でていきました。街灯に照らされたアスファルトの道を歩きながら、僕は自分の中に起きたささやかな変化を反芻していました。僕の根っこにある「人の声を聴く耳」は、これからも変わることはないでしょう。誰かのために翻訳し、間を取り持つ役割は、やっぱり僕の性に合っているし、大好きな仕事だからね。

でも、両親から受け継いだもう一つの武器である「美しいものを作る目」の方は、もっとわがままであってもいいのかもしれない。すべての人に理解されなくてもいい。誰かのためではなく、ただ自分が美しいと信じる線を、誰の許可も得ずに引いてみる。そんな、最適化とは無縁の衝動を、時にはそのまま解放してあげる瞬間があってもいいんじゃないか。そう思えたことが、なんだかとても嬉しかったのです。

ポケットの中で冷え切った手をこすり合わせながら、家までの道のりをのんびりと歩きます。いつもなら最短ルートを選ぶ交差点も、今日はあえて遠回りになる道を選んでみました。無駄が多くて、効率が悪くて、でもなんだか気持ちがいい。昨日までの自分にはなかった新しい視点が一つ増えたような、そんな静かな喜びを抱えたまま、僕は秋の夜の深い青色の中へと歩を進めました。

ゆうと

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ゆうと

ユーモアを持ちながらクールな面ももつキャラクター。優しい性格で、共感力が高い。

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