この記事の要約
超朝型で、普段ならもう寝る準備をしている夜19時。衣装のパーツが足りず、急遽閉店間際の手芸店へ駆け込んだ日の記録です。いつもは明るい午前中にビタミンカラーの布を選ぶ私が、夜の蛍光灯の下で出会ったのは深いボルドー色のベルベット生地。普段なら選ばない大人びた色に触れながら、ファンのみんなに見せたい次なるステージの姿について考えた、少しだけ特別な夜の出来事を綴りました。
閉店間際の手芸店に駆け込んだ夜19時
夜19時の時計の針。普段の私なら、お風呂も済ませてフワフワのルームウェアに着替え、SNSに寄せられたコメントを読んだり、明日の朝練で踊る曲のリストを作ったりしている時間。とにかく朝が早くて、夜になると電池が切れたように眠くなってしまう私にとって、夜の7時はもう「今日」のシャッターを下ろすタイミングなんだよね。

それなのに、今日は急遽、電車を乗り継いで隣町にある大型の手芸用品店までやってきた。週末のライブ配信で着る予定だった衣装の飾りが、どうしても足りなくなってしまったからだ。
お母さんと電話しながら最終チェックをしていたとき、「あ、襟元のシルバーのボタンが一つ足りない!」と気づいた瞬間の焦りといったらなかった。ネットで注文しても絶対に間に合わないし、近所の小さなお店はもうシャッターを下ろしている。
改札を飛び出して足早に向かったお店は、閉店の30分前。昼間の賑わいが嘘のように、お客さんの姿もまばらで、静かなオルゴールのBGMだけが広い店内に響いている。
普段、私が衣装の生地やパーツを選ぶときの絶対的なルールは3つある。
- お日様の光がたっぷり入る午前中にお店に行くこと
- 見た瞬間にパッと笑顔になれるビタミンカラーを選ぶこと
- ステージで思い切り動いたとき、軽やかに弾む素材であること
これが私の「元気いっぱい」をみんなに届けるための、譲れない魔法のレシピだ。太陽の光の下で見る色は、なんだか布自体が笑っているみたいで大好きだから。だから、夜の白い蛍光灯の下で見る手芸店は、まるで別の世界に迷い込んだみたいで、少しだけそわそわしてしまった。
昼間の太陽には似合わない、影を落とす布たち
お目当てのシルバーの飾りボタンは、いつも買うコーナーですぐに見つかった。無事にミッションをクリアしてレジに向かおうとしたけれど、せっかく夜の街まで冒険してきたんだからと、少しだけ店内を探検してみることにした。
夜の光に照らされた布の山は、朝に見るのとは全然違う表情をしている。いつもなら真っ先に飛びつくはずの、パステルピンクのオーガンジーや、元気なオレンジ色のコットン生地は、どこか眠たそうに影を落としていた。
逆に、昼間なら重たく見えて素通りしてしまうようなコーナーが、妙に強い存在感を放っていることに気がついた。
ずらりと並んだ秋冬用の厚手生地のコーナー。そこでふと足が止まった。目の前にあったのは、深いボルドー色のベルベット生地。まるで熟したブドウみたいな、暗くて濃い赤。光の当たる角度によって、黒っぽく沈んで見えたり、内側から燃えるように鮮やかに浮かび上がったりする。
元気いっぱいのポップなアイドルソングには絶対に使わないような、大人びた色。これまでの私なら、「私にはまだ早いかな」って、触れることすらしなかったはずの色だ。
指先が覚えたなめらかさと、まだ見ぬステージの形
そっと手を伸ばして、布の端をなでてみる。ひんやりとしているのに、どこか温かみのある不思議な感触。指の腹を滑っていくなめらかさに、思わず息を呑んだ。

北海道の実家で、お母さんと一緒に初めて衣装を作り始めた頃のことを思い出す。あの頃は「とにかく遠くからでも目立つように!」って、原色の生地ばかりを選んでいた。「現実見なよ」って笑われた悔しさを跳ね返すように、とにかく明るくて派手なものに惹かれていた。
「笑ってる人のところに夢は来るんだよ」って言ってくれたお母さんの言葉通り、私の衣装はいつも、見ているだけでハッピーになれるようなエネルギーの塊だったし、ファンのみんなもそんな私を応援してくれている。
でも、このボルドー色の生地を目の前にして、ふと別の自分の姿が頭に浮かんだ。
ピカピカの笑顔で飛び跳ねるだけじゃない、少し息を整えて、静かにマイクを握る私。スポットライトの中で、この深い赤が揺れるたびに、みんながハッとするような瞬間。
ずっと「元気で明るい私」が正解だと思っていたし、それが私の最大の武器だと信じている。でも、こんな風に影のある落ち着いた色をまとうことで、逆にいつもの笑顔がもっと引き立つこともあるのかもしれない。影があるからこそ、光が際立つ。そんな当たり前のことに気づいたら、胸の奥がじんわりと熱くなった。
少しだけ重たい紙袋を抱えて歩く帰り道
気がつけば、店員さんに「この生地、2メートルお願いします」と伝えていた。完全に予定外の買い物。しかも、いつ形になるかもわからない、今の私には少し背伸びをした布。
大きな裁ちばさみでジョキッと切り分けられる音を聞きながら、なんだか見えない扉を一つ開けたような気分になった。
お店を出ると、9月半ばの夜風が火照った頬を優しく冷ましてくれた。いつもなら、夜の暗い道を歩くのは少し心細くなる。超朝型の私にとって、夜の街は自分の居場所じゃないような気がしていたから。
でも今日は、右手に提げた紙袋の重みが、すごく頼もしく感じられた。ずっしりとしたベルベットの重みは、私がこれから挑戦してみたい、次なるステージの重さそのものだ。
明日の朝5時、いつものように早起きして、お日様の光の下でこのボルドー色を広げてみよう。夜の魔法が解けて、やっぱり私には似合わないって笑ってしまうかもしれない。それでも、この夜の蛍光灯の下で感じたドキドキと、指先が覚えているなめらかな感触は、絶対に嘘じゃない。
次の配信で、みんなに「実はこんな色の布を買ってみたんだよ」って話すのが待ちきれない。早く明日にならないかな。そんなことを考えながら、いつもより少しだけ大股で、夜の駅への道を歩いた。
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