この記事の要約
朝5時、机の上に出しっぱなしになっていた手鏡。昨夜、ラインストーンでデコレーションする作業を途中でやめてしまったものです。半分だけキラキラと輝き、残りはプラスチックの地肌が見えている不思議なグラデーション。完璧に埋め尽くすことばかり考えていた私が、未完成な状態が持つ豊かな余白の魅力に触れ、今の自分自身を肯定できるようになるまでの朝の思考を綴ります。
ピンセットの横で眠る、半分だけのキラキラ
朝5時。セットしていたアラームが鳴る数分前、窓の隙間から入り込む冷たい空気に肩をすくめながら目を覚ましました。10月も半ばになり、布団から抜け出すのに少しだけ気合いが必要な季節の到来です。大きく伸びをしてから部屋の電気をつけると、六畳の空間がパッと明るくなり、いつもの私の世界が動き出します。ふと視線を落とした机の上には、昨夜の私が残していった小さな「やりかけ」が、そのままの姿で私を待っていました。

それは、いつも持ち歩いているお気に入りの手鏡と、先が細くなったピンセット。そして、小さなガラスの小瓶からこぼれ落ちたオーロラ色のラインストーンたちです。昨日の夜、突然「持ち物をキラキラにしたい!」という衝動に駆られ、手鏡の裏側をデコレーションし始めました。最初はノリノリで接着剤を点々と置き、石を一つずつ並べていたのですが、半分ほど埋めたところで急に心地よい眠気が襲ってきてしまったのです。いつもなら「絶対に最後までやり切る!」と意地を張る私ですが、昨夜はなぜか、途中でパタッと手を止めて、そのままベッドに潜り込んでしまいました。
朝の澄んだ光の中でその手鏡を見下ろすと、ぎっしりと石が敷き詰められた部分と、元のプラスチックの地肌がむき出しになっている部分が、とても不思議な景色を作っていました。光の当たる角度によってピンクや水色に表情を変えるオーロラ色の密集地帯から、ポツン、ポツンと石がまばらになり、最後は何もない無地の空間へと溶け込んでいく。そのいびつなグラデーションが、なぜだかひどく魅力的に見えて、私はピンセットを片付ける手を止めてしまいました。
埋め尽くさない余白が教えてくれるもの
プラスチックの地肌とラインストーンの境界線には、乾ききった接着剤の透明な跡がかすかに光っています。それは「ここまで頑張ったよ」という昨夜の私の息遣いであり、「ここから先は明日ね」という未来へのバトンのようでもありました。お店で売られているような、隙間なく完璧に埋め尽くされた完成品には絶対に存在しない、作っている途中の時間だけが持つ特有の温度感。私は手鏡にそっと指先を這わせ、石の立体的な感触と、ツルッとしたプラスチックの感触を交互に確かめました。
思えば私は昔から、何でも「100パーセント」を目指して隙間を埋めようとする癖があります。ダンスの振り付けも、指先の角度まで完璧に揃えないと気が済まないし、SNSの投稿も、言葉の端々まで納得いくまで何度も書き直します。衣装を作るときも、母と一緒にミシンに向かいながら「ここはもっとフリルを足そう」「リボンは三つ重ねた方が可愛い!」と、とにかく盛って、完成形に近づけることばかりを考えてきました。未完成であることや、余白が残っていることは、私にとって「まだ足りない」「もっと頑張らなきゃ」という焦りの種でしかなかったのです。
それはきっと、北海道の雪深い町で、テレビの中のアイドルに憧れていた頃からの刷り込みかもしれません。周りの子たちが現実的な進路を語る中、私だけがカラフルな夢を見ていて、「現実見なよ」と笑われることもありました。それでも絶対に夢を叶えたくて、高校1年の時に札幌のオーディションに挑戦しました。結果は落選。自分の実力不足を思い知り、そこから毎朝5時に起きて猛特訓を重ねる日々が始まりました。いつかあの眩しいステージに立つために、未熟な自分を早く「完成品」にしなければいけない。そうやってずっと、自分の中にある余白を埋めることだけを急いできた気がします。
でも、この半分だけキラキラした手鏡はどうでしょう。未完成で、中途半端で、隙間だらけなのに、ちっとも恥ずかしそうにしていません。むしろ、「これからどんな色の石を置こうかな」「ここはあえて違う大きさの石を混ぜてみようかな」と、先の展開を想像させるワクワク感に満ちています。完成してしまったらそこで終わってしまうけれど、未完成だからこそ、無限の可能性が広がっている。余白があるって、実はすごく豊かで、贅沢なことなのかもしれない。朝の静かな部屋で、私はそんな新しい視点をもらったような気がします。
途中の私を一緒に面白がる人たち
ふと、いつも私を支えてくれるファンのみんなの顔が頭に浮かびました。SNSのコメント欄や、配信のチャットでかけてもらう温かい言葉たち。「今日の配信、ちょっと噛んじゃったところも可愛かったよ」「新しい振り付け、昨日よりすごく滑らかになってる!」「手作りの衣装、どんどん進化していくのが楽しみ!」みんなが応援してくれているのは、決して「完璧に仕上がった私」だけではないことに、改めて実感します。

私が転んだり、悩んだり、壁にぶつかったりしながら、少しずつ前に進んでいく「途中」の過程そのものを、みんなは一緒に面白がり、愛してくれている。それはまるで、この手鏡の余白に、これからどんな色のラインストーンを置こうかと、一緒に頭を悩ませてくれているようなものです。「次はもっと大きい石を置いてみたら?」「ここは少し休んで、違う色を入れてみようよ」。そんな風に、私の未完成な現在地を否定せず、むしろ楽しんでくれる人たちがいるからこそ、私はこうして毎日笑顔でいられるのだと思います。
「笑ってる人のところに夢は来る」。私が落ち込んだ時、いつも母がかけてくれた言葉です。完璧な自分になれないことを嘆いて眉間にシワを寄せるより、未完成な今の自分を笑って楽しめる強さを持つこと。それこそが、夢を引き寄せる一番の魔法なのかもしれません。オーディションで審査員の方が言ってくれた「君の笑顔には人を元気にする力がある」という言葉の意味が、今なら少しだけ、深く理解できる気がします。完成することよりも、完成に向かう道のりを全力で楽しむ姿にこそ、人は心動かされるのだと。
境界線を持ったまま、今日の助走を始める
私はピンセットをケースにしまい、ラインストーンの小瓶にきゅっとふたをしました。この手鏡は、もう少しだけこのままにしておこうと思います。半分だけキラキラしていて、半分はまだ手付かずのプラスチック。そのいびつで愛おしいグラデーションが、発展途上の今の私に一番似合っている気がするからです。カバンの中から取り出すたびに、この未完成な余白が「焦らなくていいよ」「今のあなたも十分輝いているよ」と、こっそりエールを送ってくれるはずです。
鏡をひっくり返して、自分の顔を映してみました。朝のむくみが少し残った、すっぴんの私。完璧なアイドルの顔にはまだ程遠いけれど、思い切り口角を上げて笑ってみたら、なんだか無敵なエネルギーが湧いてきました。この笑顔があれば、今日もきっといい一日になる。そんな根拠のない自信が、胸の奥でポカポカと温かく広がっていきます。
さあ、今日も朝のダンス練習が始まります。完璧なターンができなくても、足元がもつれてしまっても、そこからまだ名前のついていない新しい動きが生まれるかもしれません。未完成な自分を丸ごと抱きしめて、今日も元気いっぱいに、私らしい一日を始めていきます。窓の外を見ると、少しずつ白み始めた空が、今日という新しい余白を広げて待っていました。
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