この記事の要約
ダンスの練習帰りに立ち寄った古着屋で、いつもなら選ばないオーバーサイズのデニムジャケットを試着した日のこと。店員さんに似合うと褒められたのに、なぜかそそくさとお店を出てしまった自分の曖昧な反応について考えました。冷たいカフェラテを飲みながら振り返るうちに、重たい生地に包まれた時の戸惑いと、その奥にあった不思議な安心感に気づいていく、秋の始まりの日記です。
古着屋のハンガーラックで見つけた、インディゴブルーの重力
ダンスのスタジオ練習が予定より早く終わった午後、いつもは通らない裏通りを歩いていて、ふと目に入った古着屋さんに立ち寄りました。店内にはお香の甘い香りが漂っていて、所狭しと並んだラックからは、いろんな時代をくぐり抜けてきた服たちの息遣いが聞こえてくるようです。普段の私なら、迷わずビタミンカラーのスウェットや、キラキラしたビジューのついたトップスを探しに行くところです。でもその日はなぜか、お店の奥にあるメンズコーナーの、ずらりと並んだ分厚いアウターたちに目が留まりました。

その中で手を伸ばしたのは、色落ちしてくたびれた、かなり大きなサイズのデニムジャケットでした。ハンガーから外した瞬間、手にずっしりとした重みを感じます。私が普段着ている軽やかな素材とは全然違う、無骨で硬いインディゴブルーの生地。どうして惹かれたのか自分でもよくわからないまま、吸い込まれるように試着室のカーテンを引きました。オレンジ色の照明の下で袖を通してみると、肩のラインはすっかり落ちて、指先まですっぽりと隠れてしまいます。鏡の中にいたのは、いつも元気いっぱいに飛び跳ねている私ではなく、ぶかぶかの服に着られてぽつんと立っている、なんだか見慣れない女の子でした。
「あ、そのオーバーサイズ、すごくいいですね! いつもの雰囲気とギャップがあって、絶対似合いますよ」
カーテンの隙間から声をかけてくれた店員さんの言葉に、私はビクッと肩を揺らしてしまいました。「わあ、ほんとですか? えへへ……ありがとうございます!」と、とびきりの笑顔で返事をしたはずなのに、声のトーンはどこか上ずっていました。褒めてもらったのだから嬉しいはずなのに、なぜか居心地が悪くてたまらなくなり、そっとジャケットを脱いで元のラックに戻すと、逃げるように足早にお店を後にしてしまったのです。
カフェラテの氷をかき混ぜながら、曖昧な感情をほどく
お店を出た後、近くのカフェで冷たいカフェラテを買って、かすかに熱気の残る風の中を歩き始めました。ストローで氷をカラカラと鳴らしながら、さっきの自分のちぐはぐな反応について考えます。どうしてあんなに焦ってしまったんだろう。店員さんの「ギャップがあって似合う」という言葉は、間違いなく好意的なものでした。それなのに、鏡を見た瞬間の私は「これは私じゃない」と、強く拒絶するような気持ちを抱いてしまったのです。
私はいつだって、周りをパッと明るくするような存在でいたいと思っています。北海道の雪深い町で育った私は、冬になると見渡す限り真っ白で静かな世界の中で、自分から動いて、笑って、熱を生み出さなければ凍えてしまうような気がしていました。「笑ってる人のところに夢は来る」という母の言葉を信じて、オーディションに落ちて悔しかった日も、毎朝早く起きて練習を続けてきました。そうやって懸命に作ってきた「元気で前向きな私」の輪郭が、あの重たいインディゴブルーに飲み込まれて、ぼやけてしまうのが怖かったのかもしれません。
ダボダボのシルエットは、私の体の動きを隠してしまいます。いつでも全力で踊れるように、軽くて動きやすい服を好んで着てきた私にとって、あのジャケットはまるで「今はそんなに頑張らなくていいよ」と動きを止めてくるような感覚がありました。常にエンジンを全開にして、応援してくれるみんなに最高の笑顔を届けることだけを考えて走ってきた私には、その「力の抜けた状態」が、どうしようもなく不安だったのだと思います。
分厚い生地の奥にあった、不思議な安心感の正体
でも、カフェラテのグラスについた水滴を指で拭いながら、もう一度あの試着室での感覚を丁寧に思い出してみました。重たくて、動きにくくて、私らしくないシルエット。けれど、あの硬い生地にすっぽりと包まれていたほんの数十秒間、不思議と守られているような安心感があったことも確かなのです。それはまるで、地元の吹雪の日に着込んでいた、あたたかくて分厚いダウンコートの感覚に似ていました。

いつも元気でいることは、私の嘘偽りのない本心です。みんなと笑顔を交わし合う時間が何よりも大好きで、それが私の原動力です。でも、時にはあのジャケットのように、自分をすっぽりと覆い隠して、外の冷たい風から守ってくれるような時間があってもいいのかもしれない。そう思えた時、胸の奥で絡まっていた戸惑いの糸が、するするとほどけていくのを感じました。私はただ、今まで知らなかった自分の側面に突然出会って、びっくりしてしまっただけなのです。
まだ今の私には、あの重たいインディゴブルーをさらりと着こなす自信はありません。でも、いつかあんな風にラフで、肩の力が抜けたシルエットも楽しめるようになりたい。元気いっぱいに跳ね回る私と、ぶかぶかのジャケットの中で静かに深呼吸をする私。その両方を行き来できるようになれたら、きっともっと表現の幅が広がって、今まで見たことのない景色をみんなに見せられるはずです。
次の休みに迎えに行きたい、これからの私の伸びしろ
グラスの底に残った最後のひとくちを飲み干す頃には、すっかり足取りが軽くなっていました。逃げるように飛び出してしまった古着屋さんの方向を振り返り、小さく息を吐き出します。次にあの街へ行くときは、もう一度あのお店に寄ってみよう。そして今度は、あの重みごとしっかりと受け止めて、鏡の前の自分に「こういうのも悪くないね」と笑いかけてみたいです。
完璧に似合っていなくてもいい。着られている感があってもいい。そのいびつさも含めて、これからの私の伸びしろなのだから。秋の風が日ごとに冷たさを増す季節に向けて、クローゼットに一つ、とびきり重たくて無骨な相棒を迎える準備をしておこうと思います。明日もまた、とびきりの笑顔で踊り続けるために。
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