この記事の要約
手作り衣装の途中経過をSNSにアップした朝。隠したつもりの失敗をファンの方に見つけられ、「縫い目が踊ってて可愛い」というコメントをもらいました。完璧を目指して背伸びをしている私にとって、その一言は恥ずかしくも温かい驚きでした。未完成で不器用な部分も一緒に面白がってくれる、チームのような距離感。少し曲がったフリルが教えてくれた、私らしい歩幅についてのお話です。
画面に光った一行のコメントと、思わず赤くなった朝
朝のストレッチで太ももを伸ばしながら、昨夜アップしたSNSの通知をのんびり眺めていたときのことです。投稿したのは、現在進行形で作っているフリフリの衣装の途中経過。パステルカラーの布地がふんわりと重なる様子を、「順調に進んでます!完成をお楽しみに!」と元気いっぱいに報告したはずでした。

画面をスクロールしていくと、「早く着ているところが見たい!」「色が爽やかで夏にぴったりだね」という嬉しい言葉がたくさん並んでいます。ニコニコしながら一つひとつに目を通していたその時、ふと目を引く一行を見つけました。「裾のフリル、ちょっと縫い目が踊っててりんちゃんらしいね!可愛い!」。
それを見た瞬間、カァーッと顔が熱くなるのを感じました。写真の右端、ほんの少しだけ写り込んでいた、ミシンの縫い目が波打ってしまった部分。撮影する前に「ここは見えないように…」と布の重なりでうまく隠したつもりだったのに、すっかり見破られていたのです。穴があったら入りたいとは、まさにこのことだと頭を抱えてしまいました。
完璧なステージと、隠しきれない不器用さ
ダンスの練習では、指先の角度やターンの時の重心の置き方まで、とにかくわずかなズレも許したくなくて何度も何度も鏡の前で反復します。だからこそ、身にまとう衣装だって、お店に並んでいる既製品みたいにピシッと完璧に仕上げたい。そう意気込んでミシンに向かうのですが、どうしても直線をまっすぐ縫うのが苦手で、少し気を抜くとすぐに軌道がそれてしまいます。
実家のストーブの前で「あああ!また曲がっちゃったー!」と泣きつきながら、お母さんと一緒に糸をほどいては縫い直していた冬の夜を思い出しました。「あんたは本当に、肝心なところで大雑把なんだから」と呆れられながらも、一緒に布を押さえてもらった記憶が蘇ります。あの頃から、こういうちょっと抜けているところは全く変わっていません。
かっこよくスマートに決めたかったのに、見えないところでボロが出てしまう。プロのアイドルとして完璧な姿を見せたいと背伸びをしているのに、そんな不器用な部分をあっさりと見透かされたようで、朝から一人でじたばたしてしまいました。
未完成な私を、一緒に面白がってくれる人たち
でも、不思議なことに、その「踊っている縫い目」という言葉を何度も読み返しているうちに、じんわりとした嬉しさが込み上げてきました。失敗したところを指摘されて落ち込むどころか、「そんな細かいところまで見てくれているんだ」という安心感に包まれたのです。

ピカピカに完成した姿だけじゃなく、こうして裏側で四苦八苦している泥臭い過程も、一緒に面白がってくれる人たちがいる。それはまるで、放課後の教室で「またドジしてるよ」と笑い合いながら、一緒に文化祭の準備をしている仲間みたいな、とても近くて温かい距離感でした。
地方から手探りで夢を追いかけている私にとって、画面の向こう側にいるファンの方々は、単に応援してくれる存在というだけではなく、同じ目標に向かって一緒に歩んでくれるチームのようです。完璧なアイドルにはまだ程遠いけれど、そんな未完成で少し不器用な部分も含めて愛してもらえていることが、何よりの原動力になっていることに改めて気づかされました。
少しだけ曲がったフリルが教えてくれた、今日の歩幅
画面越しの何気ない一言が、知らず知らずのうちに肩に入っていた余計な力を、スッと抜いてくれました。もちろん、これからも理想のステージを目指して、毎朝の猛特訓は続けます。でも、たまにはこうして「縫い目が踊る」くらいの愛嬌があってもいいのかもしれません。
窓の外からは、夏の終わりを知らせるような少し涼しい風が吹き込んできました。波打ってしまったフリルは、あえてこのままにしておこうかなと、少しだけいたずらっぽい気持ちが湧いてきます。さて、今日も思い切り汗をかいて、このいびつで可愛い衣装を元気いっぱいに揺らせるように、とびきりの笑顔を作る練習から始めようと思います。
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